現場論 約3分で読めます

在庫はある、でも「出せるか」が分からない現場のこと

在庫データは画面に表示されている。それでも「本当に出せるか」は、担当者が電話で確認しないと答えが出ない。データと納期回答のあいだにある判断の話。

ある製造業の営業部で、こんな場面を見た。

画面には「在庫: 23」と出ている。担当者はそれを見ながら、手を伸ばして受話器を取る。倉庫担当者に電話をかけて、「○○の在庫、本当に動かせる?」と確認する。返ってきた答えを聞いて、初めて「来週水曜なら大丈夫です」と客先に折り返す。

在庫データはシステムにある。なのに電話が必要だった。その理由が、ずっと気になっていた。

「在庫あり」は出発点にすぎない

在庫の数字は、現在地を教えてくれる。だが「出せるか」という問いへの答えは、数字だけでは出てこない。

現場でよく見かけた事情を挙げると、こういうものだ。

  • 別の得意先への口約束で、すでに取り置きされている数量がある
  • 入荷したばかりで、品質確認が終わっていないロットがある
  • 月末の大口受注に備えて、上長が「手をつけるな」と言っている
  • 製造工程の都合で、物は存在するが実際の出荷は数日後になる

これらはシステムに入力されていないことが多い。入力する暇がないか、そもそも入力する設計になっていないか、あるいは「言わなくてもわかる」とされているかだ。

在庫データは事実の一断面を映す。「本当に出せるか」は、その数字のまわりに積み上がった文脈を読んで初めて答えが出る。そしてその文脈は、担当者の頭の中にある。

判断が入るから、電話になる

電話が続く理由はシンプルだ。答えを確定させるために、確認と判断が要るからだ。

BtoBの取引がBtoCと本質的に異なる理由のひとつはここにある。BtoCであれば「在庫あり=買える」でほぼ完結する。だがBtoBでは、在庫があっても「どの客に、何を、いつ」という優先判断が常に入り込む。

担当者は意識してかどうかはともかく、毎回それをやっている。頭の中に「今月の○○社への引当」「先週の未確定分」「この品番の品質クレームの可能性」を抱えながら、電話口の相手に答えを返している。

経験を積んだ担当者ほど、この判断が速い。即座に「今週中なら出せます」と答えることもあれば、「少し確認させてください」と保留することもある。その差はデータの精度ではなく、頭の中の情報量と経験で決まる。

「数字は見てる。でも数字だけじゃ言えないんだよな」

ある営業担当者が言った一言を、今でも覚えている。この言葉が現場の実態をよく表していると思う。

それでもシステム化しなかった理由

FAXがなかなか消えなかった理由を以前書いた。根っこは似ている。ツールの問題ではなく、そこに判断と責任が乗っているという問題だ。

納期回答のシステム化は、技術的には不可能ではない。受注情報・在庫情報・優先ルールを組み合わせれば、多くの部分は自動化できる。実際にそれをやっている企業もある。

だが多くの現場では、最終的な「出せます」の判断を担当者が握り続けている。それは怠慢ではなく、責任の所在をはっきりさせるための実務的な知恵ではないかと私は思う。

自動回答が誤っていたとき、誰が客先に謝りに行くのか。その問いに答えを出さないまま自動化を進めると、現場は動かない。商いにおける信用の根っこは、どこまでいっても離れない。

「判断が入るから電話になる」は、非効率の話ではない。それは責任を持った回答の形だ。データと答えのあいだには人の判断が入る余地があって、その余地が今も現場を動かしている。私はそう見ている。

鵜飼智史サトゥー / SATTOO

BtoB(企業間取引)のEC化に黎明期から関わる。電話とFAXの世界がデジタルに置き換わる過程を現場で見てきた記録を、ここに刻んで残しています。